ばななまんじゅう

米倉屋の初代米倉三郎は明治9年に山梨県で生まれた。同郷の親戚を頼って北海道に渡ったのは、

三郎が27歳の時だから、明治36年である。翌年、三郎は池田町内で太物(衣服用布地)、呉服、雑

貨の店を開いた。時代は北海道開拓に沸き立ち、明治37年に釧路から豊頃まで延びていた鉄道は、

その翌年には池田まで延びた。しかも池田〜網走間を結ぶ計画もあり、池田は交通の要になりつつあった。

これを機に駅弁屋を、と思い立った三郎は許可を申請し、鶏肉と卵を使った「親子弁当」を創製。

「バナナ饅頭」は駅売りのみやげ用に知恵を絞った三郎が、3ヶ月間の試行錯誤の結果作り出した苦心作だ。

当時のバナナは高価で庶民には高嶺の花だったので、バナナ風味のモダンな饅頭は爆発的に売れた。

今でも池田駅になくてはならない銘菓として、人気を呼んでいる。



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